楕円形のコースを最大18頭の馬が高速で走り抜ける。これが多くの人が競馬に対して持つ認識ではないでしょうか。
では、直線200メートルのコースを最大10頭の馬が低速で歩き抜く競馬があることはどれほど認知されているのでしょうか。日本で唯一、否、世界で唯一存在する伝統的な競馬が地方競馬にはあるのです。
その名も『ばんえい競馬』。現在、北海道は帯広でのみ行われています。
そもそもばんえい競馬は扱う馬が違います。サラブレットのように細く長い馬体などしてはいません。ばんえい競馬ではばん馬と呼ばれる筋骨隆々とした馬が扱われているのです。その馬体重はなんとサラブレットの2倍、約1トンにも及びます。そんな雄大な馬体から放たれるパワーをもってして、直線200メートルの砂の上を、騎手を乗せた最大1トンのソリを引っ張りゴールを目指すのです。
その道中に、登って下る2つの坂が用意されています。
ばんえい競馬の最大の見どころは、なんといっても2つ目に用意されている急勾配の坂。ばん馬達はその坂の前に辿り着くと、立ち止まり、息を整えます。最高のタイミングで一気に駆け上がらなければ重いソリを引き上げることができないからです。まさに自分との戦い。加えて、隣に並ぶライバルたちの仕掛けのタイミングなどを見計らう心理戦も同時に繰り広げられています。周囲の仕掛けに惑わされてタイミングを逸すれば、坂を駆け上がれず立ち往生してしまう。それでは勝てないのです。
そうして坂の頂上に達してから、下り坂で勢いをつけてラストスパート。各ばん馬達の全力がぶつかり合い、抜きつ抜かれつぐいぐいとソリを引く。
ときおり先頭で歩き抜いていたのにもかかわらず、体力を使い切りゴール手前で立ち止まってしまう馬がいます。最後の最後まで何が起こるのかは分からないのもまた、ばんえい競馬ならではの魅力でしょう。
普通の競馬のように刹那的な一瞬に凝縮されたドキドキではありません。じんわりとゆっくり高まってくるドキドキ感はばんえい競馬でしか味わえません。この独特の快感は癖になること請け合いです。